史跡も訪ねたいー慶州エリア

そしてもう一か所、史跡を見学する上で忘れられないのが、慶州(キョンジュ)です。慶州は、新羅王朝1000年の都で、大都市だったのです。「慶州を見ないで韓国を語るな」と言われたり、「屋根のない博物館」とも呼ばれ、歴史的な遺産が数多く点在しています。慶州は日本の奈良と姉妹都市でもあります。

仏国寺(ブルクックサ)

535年に創建された、吐含山(トハムサン)の中ほどにある華厳宗のお寺です。七堂伽藍は国内一の規模と言われましたが、壬辰の乱の時に石造りの物を残して失ってしまいました。1974年に今の姿に建て替えられ、阿弥陀如来座像などの国宝を7点所蔵していて、境内にはアーチ型の石橋である、蓮華橋や七宝橋、その東方に白雲橋、星雲橋があるのです。

前庭の両側には、高さが8.2メートルの荘厳な釈迦等や10.4メートルの煌びやかな多宝塔があり、優美な対比を見せ、新羅時代の仏教芸術を今に残しています。

石窟庵(ソックラム)

仏国寺と並び、新羅仏教芸術として称されていて、国宝24号で、世界遺産でもあります。751年に宰相・金大城によって建てられました。前世の両親のためにこの石窟庵を、現世の両親のために仏国寺を建てたということです。吐含山(トハムサン)の中ほどにあり、仏国寺よりも8キロメートル上に位置しています。合わせてどちらも訪れたいですね。仏国寺からバスでも行けますし、登山道もあるので、登山も兼ねて行くことも可能。

いずれにしても、石窟庵の入り口から、本尊のある庵までは徒歩で1キロメートルほどかかるので、スニーカーなど、歩くのに支障のない靴でどうぞ。石窟庵は東に向いているので、日の出を見る場所としても知名度があります。天気が良いと遠くに日本海が見えるのです。建立当時は「石仏寺」と呼ばれていました。

古墳公園(コグンゴンウォン)

天馬塚とも言われています。埋葬されていた物の中から、天を駆ける、羽根の生えた馬の絵が出土したことが由来です。世界で唯一、古墳から成り立っている公園でもあります。正式には115号古墳と呼ばれます。出土した物は、金冠や装身具、容器、武器や馬具など様々で、1万点以上ありました。143点の模造品が作られ、積石層断面も復元されて展示室として、原型と同じく並べられています。写真、ビデオ撮影は禁じられています。

なお、慶州エリアにある古墳は、誰が眠っているのかわからないものが多いのです。しかし、新羅13代王・味鄒王陵(ミチュワンヌン)などは、名前が明らかになっています。

武烈王陵(ムヨルワンヌン)

新羅第29代太宗である、武烈王の王陵です。墓の形は、三国時代後期の特徴である円形土墳となっています。陵の周りは約104メートル、高さが11メートルで、碑石は文武王元年に建立され、碑文は失われたものの、とても大きな亀跌(きふ)と螭首(ちしゅ)のみ残っています。国宝第25号です。慶州市の西南・仙桃山(ソンドサン)の麓にあります。

武烈王は、高句麗、百済、新羅の三国統一の基礎を築いた人物で、新羅の全盛期を開いた名君として名高いです。